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軍艦防波堤付近は現在工事中のため、近寄るのが困難です。2006−02−28 自由に入れます


その姿


ズームアップ


軍艦防波堤の横にある
説明書きです(写真の文字を打ち直しました→)

軍艦防波堤 

 この岸壁に出ている船体は、旧日本海軍の駆逐艦「柳」です。

 戦後間もない昭和23年9月他の駆逐艦「冬月」「涼月」とともに、洞海湾を響灘の荒波から守る防波堤として沈められました。

 北側の響灘は埋め立てられ防波堤の役割は終わりましたが、今でも「軍艦防波堤」と市民に呼ばれています。

 「冬月」「遼月」の二艦はこの手前の護岸の中に埋没していますが、この両艦は昭和20年4月”沖縄特攻作戦”の戦艦大和の護衛艦として出撃し大破しながらも奇跡の生還を果たした艦です。

 なお、高塔山中腹にこの三艦の戦没者慰霊碑が建立されており、詳しい説明が書かれております。北九州市港湾局


さて、大きさは意外と小さい。

しかし、コンクリートの下にほとんどが埋もれている。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


その先端は既に60年近い歳月が朽ちさせている。


釣り客はのどかだ。あまりにも平和だ。大切な平和だ。

遠くに若戸大橋を望むこの位置、どこでしょう?


地図を参照下さい。
軍艦防波堤の位置の目印は「北九州エコタウン」
若戸大橋を下りたら看板を目印にしてください。→この看板です

こちらをクリックすると、詳しい地図が見られます→


さらに詳しく

↓「木材団地」という文字のあたりで、このような看板が現れますので、「0・1号岸壁」の方に進んで下さい。



このページを作った動機を説明する為に
ある方に書いたメールを転載します。

初めまして。私は北九州市在住の者です。
近頃、ある本で読んだ軍艦防波堤の記事に興味を持ち、
初めて作ったHPの一部を使って、その写真などを載せています。
(軍艦防波堤についてgooで検索しても何も出てこなかったので、
自分で調べて載せてやれと思ったのが、HPを作る一つのきっかけでした)

近頃そちらのHPが検索エンジンでヒットしましたので、
早速見せていただきました(ちなみに私のページはまだヒットしません)

軍艦防波堤について興味を持つ方に出会えてとても嬉しいです。
やっと出会えたという感激を感じています。
是非私のページからも、そちらにリンクを張らせてください。
私のページがお気に召せば、リンクしていただいて結構です)
(http//www2.justnet.ne.jp/~t-macchan/gun.htm)

私は、一月近く前、海底に眠る戦艦大和の遺品などの
引き上げについてのテレビ特集を見ました。
大和の最後の悲しい姿に、不思議な涙を感じました。
海底の大和は本当に静かな、寂しそうな気がしました。
「柳」の横には、大和と一緒に沖縄に行った
駆逐艦「冬月」「遼月」が
防波堤の下に眠っていると書いてあります。

その横で、今だに潮風に吹かれながら、
「柳」は何を思うのでしょう。
戦後50年以上、「柳」は何を見てきたのでしょう。

軍艦防波堤の朽ちゆく艦の姿に、何か大和に感じたのに似た
不思議な物悲しさめいた何かを、私は感じています。
それは戦争反対とか何とかいうものとは何か違う、
別の何かの感情のようです。
それが何なのか、まだ私には感じきれません。

今後も少しずつ、この艦の周辺を調べてみるつもりです。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。



(若松港は)>「涼月」とそして「冬月」「柳」が眠る港です。
> この3艦は沈められて防波堤になり、今は市民の釣りのオアシスとして形を留めています。
> 近頃本で読んだ「軍艦防波堤」に興味を持ち、HPを作る動機ともなりました。
> 調べるほどに、何かもの悲しいような、やるせないような気持ちをますます感じていました。
> どんな気持ちでこの船は戦後を見詰め続けたのだろうかと。
>
> あなたの書かれた文書で、「涼月」が本当に精一杯戦ったこと、そして3人の尊い命を捧げた方が、
>
> 誇り高い死に
> 方を残されたことなど
> 教えていただきました。
>
> 涙をこらえるのに難しく、万感胸に迫る思いです。
>
> ただ虚しいだけの船ではなかったこと。こんなにも誇り高い生涯を生ききった船であったこと、
> 教えていただき、ありがとうございました。ずっと探し続けたページでした。
> ふるさとの片隅にひっそりとたたずんでいるこの船が、
> はるか昔の沖縄から、とてつもなく大切な何かを持って帰ってきてくれたように感じました。
>
> 「涼月」「冬月」は今は防波堤のコンクリートの下に眠っています。
> そして「柳」だけが今も、ぼろぼろに錆びながら、辛うじてその姿を残しています。



さらに、リンクのページからたくさんの
貴重な資料ページに飛べます。是非お読み下さい。


これにて、軍艦防波堤の1999年頃のページは終了です。最後までご覧いただき、まことにありがとうございました。

 

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更新履歴

2003-01-05 リンクの戻り先を軍艦ページ表看板にする
since 2002-08-30

Click Here!since 2002-03-27
2001-07-21 案内地図追加
2001-07-14 マップファンの地図リンク追加
2000−12−26 案内写真を追加
2000−12−24 破壊されたリンクを修復。
2000−01−10 緊急提言をトップへ
2000−01−06 画像を小さくして、少しでも軽くする努力しました。